新選組マップ

■ 伏見界隈 
(全行程約10km 約5時間  城南宮 → 鳥羽離宮跡公園 → 御香宮神社 → 魚三郎 → 伏見奉行所跡碑 → 維新戦跡碑 → 寺田屋 → 伏見港公園)

戊辰戦争の始まりとなった鳥羽・伏見の戦いの跡は伏見一帯に点在している。
新選組にとっては敗走するだけの無念の戦いだった。
戊辰戦争の跡を訪ねるには、戦いの火ぶたが切られた城南宮からスタートするといい。
城南宮。
その昔、白河法皇が離宮を造営して平安京の守護神とした。
広大な境内には名水が流れ、毎春秋には平安の面影をしのぶ雅な「曲水の宴」が開かれている。
官軍はここに本陣を構えて、旧幕府軍を迎え撃った。
城南宮から西へ400メートル行くと、鳥羽街道沿いに小枝橋が架かっている。
現在の橋は立派なコンクリート橋になっているが、堤防や河川敷は雑草が茂り、当時の面影をほうふつさせる。

橋畔南が鳥羽離宮公園。
激戦地だった一帯は再び平安時代をしのぶ歴史公園になっている。
鳥羽街道(現千本通)を1.5キロ南下すると、堤防沿いの法伝寺山門に「戊辰東軍戦死者之碑」が立つ。
高さ2メートル半、幅1メートル余の立派な石碑だ。
遺骨は同寺から東北へ400メートルほど行った児童公園北側の悲願寺墓地に葬られている。

同墓地から国道一号線と新油小路通をまたぎ、大手筋通を近鉄桃山御陵前駅まで歩く。
約2キロ、大手筋商店街に入る。
駅の東、御香宮神社には官軍の前線基地が置かれた。
慶応4年1月4日夕刻に轟いた小枝橋の銃声を合図に、御香宮に設置された5門の砲台が一斉に火を噴き、約500メートル南の旧幕府軍陣地・伏見奉行所を襲った。
土方歳三率いる新選組も撃って出たが大敗、淀方面に撤退した。
境内に「明治維新伏見戦跡」の石碑が立ち、戦死した井上源三郎ら24人の新選組隊士の殉難者名簿も所蔵されている。
御香宮の南500メートルに、桃陵中学校がある。
正門の植え込みに「維新戦跡碑」が、奥のグラウンド脇に「伏見奉行所跡碑」が立っている。

近鉄ガード下を渡って京町に出ると料亭「魚三郎」がある。
玄関の古い格子に弾痕が刻まれているのがはっきりと分かる。
さらに南西の中書島方面に500メートル歩くと伏見観光の拠点エリアに入る。
大蔵記念館など酒どころ伏見の酒造風景が点在する一角に、坂本龍馬ゆかりの寺田屋や龍馬商店街もあり、酒造と幕末維新が楽しめる。

疎水べりに出て伏見港公園に向かう。
淀川を大坂へ向かう三十石船でにぎわった伏見港。
船溜まり周辺が水辺の公園として整備され、緩やかなアーチを描く「みなと橋」も架かり、観光船十石船が復活している。
 
鳥羽離宮跡公園 魚三郎 伏見奉行所跡碑
東本願寺伏見別院 寺田屋 伏見港跡
龍馬館 月桂冠大蔵記念館


 
 
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