新選組マップ

■ 三条〜四条界隈 
(全行程約2.5km 約60分  
桂小五郎像 → 池田屋騒動之址碑 → 酢屋 → 近江屋跡 → 古高俊太郎邸跡碑 → 土佐藩邸跡碑 → 佐久間・大村遭難之碑)

幕末維新の歴史舞台となったのは京の真ん中。
鴨川、高瀬川沿いの川原町三条から四条、祇園界隈。

京都オークラホテル前(西側)に桂小五郎像が、御池通に面した噴水横の植え込みに長州藩邸跡碑が立っている。
長州藩士・桂小五郎は吉田松陰の門下生で幕末維新に活躍。
明治になって木戸孝允と改名して元勲となり、長州藩邸跡に座像が建てられた。
御池通りを渡って三条通を東に100メートルほど行ったところに、新選組が勤王志士を急襲した池田屋騒動之跡碑がある。
密談中だった長州藩士の中に小五郎もうたという説もある。

さらに河原町三条から一筋目南を東に入ると酢屋がある。
現在は木の店になっているが、格子戸の前に坂本龍馬寓居跡の石碑が立っている。
入洛した龍馬が材木商・酢屋に住みつき、海援隊の屯所とした場所である。
さらに河原町通を西に渡って南下、蛸薬師通に来ると京阪交通社前に坂本龍馬・中岡慎太郎遭難之地の石碑が立つ。
二人が襲われた近江屋跡である。
河原町通りをはさんで斜め向いのあぶらとり紙店「象」の前に中岡慎太郎寓居之地の石碑がある。
四条木屋町通り一筋上がって西へ入ると、みそ汁が人気の「志る幸」前の小さな植え込みに、古高慎太郎の碑がある。
薪炭商・桝屋喜右衛門になりすましていた近江の志士・古高俊太郎が新選組に捕まり、池田屋騒動の発端となった。

さらに川沿いを北上すると東側に本間精一郎遭難之地碑がある。
過激な討幕論者の志士だった天誅派の土佐藩士で、「人斬り以蔵」の異名をとった岡田以蔵に暗殺された。
近くの路地の民家に以蔵の刀痕も残るが分かりにくい。

蛸薬師通りまで来ると橋のたもとに土佐藩邸跡碑が、少し河原町よりに行くと龍馬も参拝していた土佐稲荷がある。
さらに北上すると彦根藩邸跡碑、三条を越えると佐久間象山寓居跡。
御池通りを越えると佐久間象山、大村益次郎遭難之地碑が立つ。
人口運河・高瀬側源流の二条通近くの一之船入り付近に、桂小五郎・幾松寓居跡碑や大村益次郎寓居跡碑が立つ。

* 酢屋
創業280余年の歴史を持つ銘木商
電話番号 : 075-211-7700
 
 
桂小五郎像 長州藩邸跡碑 酢屋 岡田以蔵の刀痕
本間精一郎遭難之地碑 佐久間象山遭難之地 大村益次郎遭難之地

 


 
 
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