新選組の魅力


歴史は勝者によって書かれるという。
「古事記」や「日本書紀」が大和朝廷を全面的に肯定する史観で貫かれているのは周知の事実だ。
勝者は賞揚され、敗れ去ったものは敵対者として名をとどめるばかりである。
幕末・維新史でも、勝ち残った者たちを正義とし、改革者とし、敗者は頑迷な守旧派として退けられた。

維新政府の中核となった公卿や薩長を中心とする西国雄藩の志士たちは時代の先覚者であり、彼らの革命を阻もうとした徳川将軍家や佐幕派の武士たちには朝敵の汚名が着せられた。

幕末の京を舞台に、跋扈する勤皇派浪士たちの制圧に必殺剣を振るった新選組が無頼な殺戮集団とみなされたのは歴史の必然である。
結果として新選組は、薩長の、つまり維新政府の要人たちの敵として生き、死んでいったのだから。

しかし、庶民の感情は必ずしも官製の史観に同調しない。
薩長政権に対する反発や批判が強まるとともに、敗れた者たちへの愛惜の念が頭をもたげる。
勝者の奢りは眼にみえるけれど、落魄した敗者たちは姿は美しく追想されるだけだ。
庶民は落日の栄光に彩られた集団として新選組を眺め、その隊士たちの物語をある種の共感をもって紡ぎはじめる。

勤王派の志士も、新選組に集った浪士も、ともに時代の子であり、その心情には共通する部分が少なくない。
彼らの多くは、300年にわたる幕藩体制のなかで、鬱屈した日々を強いられてきた下級武士であり郷士である。
尊皇攘夷の旗印を得て草莽の志士たらんとした若者も、京洛警護に勇躍して入洛した若者も、封建社会の強固な枠組みや桎梏から自己を開放する機会を切実に待ち望んでいた。
世に出たい、武士として生きたいと。
混乱する世情はまさに千載一遇のチャンスだった。
帰属集団を異にするという偶然が、彼らの立場を隔てたのに過ぎない。
新選組隊士にも勤王の志を持つ者はいたし、勤王派志士のなかにも無頼の人斬りはいたのだから。

日本の歴史のなかで新選組ほど激しい内部粛清を断行した組織はない。
「局中法度」を厳しく適用し、隊員に対しても可斂誅求を徹底した非常な組織である。
にもかかわらず新選組が今も多くの人々に愛されるのは、彼らに滅びの美を見るためだろう。

体制を守る組織として結成され、新しく誕生した体制の敵として敗れ去った男たちに捧げる挽歌。
後に権勢を得た尊攘派の人々に比べ、時代の思潮から取り残されて非業の死を迎えた者たちの方がいとおしいではないか。
「誠忠」という古い徳目を掲げて、時代の波に抗してひたむきに生き、死んでいった者たちが庶民の心を打つのだ。

- back -